作曲活動再開するまでの

40歳ぐらいの男が15年ぶりに作曲活動をはじめるにあたって全部

⑧学びのパソコン

人の声は様々であるように楽器も音域や音色が違うんだから、曲を作るならそれを念頭に置く。

ネット動画にその楽器の為の曲、究極的な奴が上がってる場合は多いから見合ったパセージの判断に活用できるし、楽器メーカーや講師のサイトなどに指使いや音域、倍音の関係での変化、思い入れなど、とにかく色々な検討がつく。音域が広い楽器程色々と要注意で、どれもピアノのように滑らかにはいかない。普通の弦楽器は弦長や太さ基音が決まっているし、管楽器は綺麗な倍音構成じゃなく特徴があって、だから録音に対するEQはフォルマントを考えてやらないと可愛そうなことになるし、パソコンによる学びは探求心を相当満たしてくれる。

クラシック作曲家のように全てを暗記するまでになるには能力も機会も不足するけど、その曲の為に試験勉強的にそういう事を一時把握して、オーケストラ曲を作ると、何だか自分が最強の作曲マシンなのではと、思い上がったりして面白い。

シンセもそうだ。その音が何にでもハマるのではなく、合う音を見つけ、また音を作って使う。でもシンセはピアノのように音高に対して滑らかに基音やフィルターを変化させることが出来て、広い音域で美味しい音の表現が出来て、生楽器ではありえない欲望を叶えてくれる。

こういう学びを得る為に犠牲になったのは僕の社会性かも知れないし、ピアノ技術や所有するギターの本数だろうし、誰かなのかな、と胸が締め付けられることもある。

 

僕が活動をしようというのは、お礼をしたい気持ちと重なってる。出来る限りのことで救われる存在は僕個人以外に幾らかあるのではっていう。音楽は音楽でしかないけど、そこにある力を割と信じられるのは、僕を夢中にさせたからだし、世界中にあるから。

メロディに乗せてこそ初めて様になる詩もあれば、音もあるんだと思うし、それを何とかどうしても伝えたい。

このブログを始めてることは、そういう僕になって来てるからだという風に思って貰えるようにこれからまたちょっと、音遊びをしようと思う。

 

⑧学びのパソコン、終わり